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魔王と花火


 押入れの奥で花火を見つけた。
 つかんで引っ張り出してみると、子供向けの手持ち花火だけでなく派手な見栄えの打ち上げ花火もぎっしり詰め込まれたなかなかに豪勢なものだった。一瞬「ほう!」と盛り上がったが、すかさず疑問が背中を刺す。いつからあるんだこの花火。
 夏に浮かれた大学生のサークルくらいしか買いそうにない、気合の入った大容量である。年寄り含めた慎ましい三人暮らしには似つかわしくない存在感だが、首をかしげるほど不思議でもない。どうせ母が勢いで買って忘れたのだろうと想像していたら、全くその通りだった。去年買ったという記憶はあるが、なぜ買ったのは覚えていないらしかった。

 このまま捨てるのも忍びない。私は虫と蛙の鳴き声をBGMに、処分をかねて庭で花火大会を一人で始めた。一人で。母と祖母を誘ったのだが眠いだとか犯人が知りたい(※火曜サスペンス劇場)だとかであえなく断られてしまったのだった。
 一年寝かした花火の鮮度やいかに。試しに束から一本取り出し、ろうそくの灯で炙れば、ほどなく先端から火が噴出した。
「おっ」
 小さな置き型の花火も衰えはなく、見事な光の柱で夜を裂いた。
「おお」
 続けて点火した打ち上げ花火がパンパンと小気味の良い音を立てて闇に熱の花を撒く。
「おおっ」
 更に両の翼を広げた巨大な鳥の輪郭が突如現れ、華々しく夜空を覆った。
「おお!?」
 そしてそれはまっすぐ私を目指しながら吠えた。

「敵襲か!」

 魔王である。比喩ではなく魔王が飛んできたのである。
 闇と同化した魔王が上空から降って来る迫力たるや凄まじく、尻もちだけで済んだのはほぼ奇跡と言ってよい。魔王耐性がなければ腰を抜かしていただろう。
 私は尻部分の泥をはらいながら睨んだ。
「こんな時に魔王らしい登場しないでくださいよもう。心臓に悪い」
「破裂音が聞こえたゆえ戦かと急ぎ参じた。敵軍はいずこか」
「花火です」
「銃声らしき音も」
「花火です」
 魔王はゆっくりと私が抱えていた大量の花火へ視線を下ろした。と同時に、臨戦態勢を示すように全開だった翼が、そろそろ折りたたまれていく。背から完全に翼が消えた頃、魔を帯びて血走っていた瞳は白々しいほどに澄ました色をのせていた。
「このような夜更けに火遊びとは神経を疑う」
「花火はふつう夜ですよ」
 魔王は己の早合点を部下への叱責にすり替えることにしたようだった。気まずそうな気配を欠片も見せないあたりが魔王の魔王たる才覚だろうか。なんという悪い男。
「余の目を盗んでこそこそと火祭りに興じるでない」
 魔王は堂々と詰るが、音が響き渡っていたくらいであるからして、結構大々的にやっていたのではないかと思う。
「古い花火だから早くやらないと湿気そうで」
 花火を見せると、注意深く白い面が近づいて、私の手からそれを取り上げた。魔王はしばらく刃物めいた視線をパッケージに這わせていたが、やがて地鳴りのような声でこう奏でた。
「ちいさいお子様はおとなのひとと遊んでね」
 顔も声も地獄の一丁目なのに口調だけが保母さん。
 怖い。
 急にどうしてしまったのかと一瞬凍り付いてしまった私に、魔王はその長い爪で花火に添えられた警告文を指してみせた。背伸びして目を凝らすと、先ほど魔王が口にした文言が記されていた。なんだ、そのまま読み上げただけか。
「理解したか」
「何がですか」
 私が首をかしげると魔王は冷ややかな視線をよこしたあと、もう一度警告文を指さした。ちいさなお子様、の部分を叩いた指が私に向けられ、おとなのひと、の文面をなぞった指が自身をさす。そして、物言わぬまま私を見下ろした。
 花火を魔王の手の内にある。臣下の地位を与えられて早数ヶ月。魔王が一体何を求めているか、わからぬ私ではない。私は魔王と花火を交互に眺めたあと、釈然としない思いを抱えながら口を開いた。
「一緒に、花火、やってくれませんか……」
 魔王は「やむなし。半人前の監視もまた王たる者のつとめよ」などと言って口の端を持ち上げた。私は知っている。こういうのを茶番と呼ぶ。
 
 まわりくどい手を使って参加してきた割には、魔王は大いに火祭りを楽しんでいた。
 派手な火花を散らす花火を手にしては、燃えろ焼き尽くせと物騒に唱え、ネズミ花火が間近に迫っても一歩もひかず迎え撃ったりと、監視という建前が塵と消えるような勢いで大量の花火を次々と消費していった。
 松明を片手に夜道現れた時も相当な迫力だったが、無数の火花ともうもうと立ち上がる煙越しに見る魔王もまたアトラクションの一種のようで現実味がない。整いすぎたかんばせが、光と影に演出され、大変に不吉な印象だ。ただそれは見た目のみを切り取ればの話で、たかだか家庭用花火に目を爛々と輝かせているさまは、先ほど魔王自身が揶揄していた「ちいさいお子様」以外の何物でもなかった。超エンジョイ。
 お徳用だけあって種類も数が多い。おそらく私一人であれば、途中で飽きて作業的に花火をこなすことになっていただろうことを思うと、魔王を招いて(招いた内にはいるのだろうか)正解だったと、ひとだま型の花火を振り回して喜んでいる魔王をみて思った。

 魔族の王様が手加減なしで楽しんでくれたおかげで、あっという間に花火はなくなった。
 残るはあとひとつ。日本の花火の幕引きといえばこれしかなかろう。
 これまでの派手さを前面に押し出した花火と比べ、地味ななりのそれを魔王は怪訝そうにつまんだ。
「線香花火ですよ。シメはやっぱりこれじゃないと」
 束から引き抜いた一本を、慎重な手つきで揺らめく火に食わせる。めらめらと燃え上がった炎はすぐに熱い塊となり、四方に火花を散らし始めた。最初は弱々しく、だんだんと苛烈に。そして精根尽きたように落ちた。
「儚い」
 私の横でしゃがみこんでいた魔王は一言吐いた。
「そこがいいんじゃないですか。わびさびですよ」
 成程、と重々しく納得したような声が返る。
「瞬き程の短い生を這いつくばって生きる人間どもが、己の脆い一世を重ねているわけか」
 魔王は線香花火に手を伸ばし、その内選んだ一本をろうそくに近付けた。
 火に舐められた先端が熱を蓄え始めると、目から興味ありげな色がすっと引いて、顔つきは真剣そのものに。微動だにせず、ひたと火花を見つめる魔王にはただならぬ緊迫感があり、横で見ているだけの私も思わず息を止めてしまった。
 線香花火は懸命に持ちこたえていた。小粒ながらこよりにしっかりとかじりついている。内に抱いた熱を吐き出しながら、その身を健気にも震わせて ―― と、その時、さわりとした柔らかな風が通り過ぎた。

 ぽとり

「あー落ちちゃいましたね」
 私が止めていた息を大きく吐き出すと、魔王は地に落ちてつぶれた塊を愕然と見下ろしていた。ただの花火に向けるにしては、いやに痛ましげな眼差しをしている。独り言のようにその唇が開いた。
「カオリの命運が尽きた……」
「今の花火、私だったの!?」
「余を庇いその身に流れ弾を受け、華々しい最期であった」
「忠義に厚いな!」
 鉛の弾丸などで余の肉体は貫かれぬというのに愚かな奴、と魔王は悲しげな口ぶりで線香花火の残骸を水を張ったバケツで処理をしている。悲しいのは想像上とはいえ殉職を遂げた私の方だ。 
「やめてくださいよ勝手に人の人生を花火に見立てるの」
「ふむ」
 頷きながらも魔王の手は次の線香花火に伸びている。  
「ならば次はサエグサとして」
「お年寄りはやめて! なんていうかシャレにならない」
 とは言って止めたものの、再び魔王のイマジネーションによって私の一生をリメイクされるのは嫌だ。 そうだ。
 私は意趣返しのつもりで線香花火を一本引き抜いた。
「じゃあこれ、魔王さんのつもりでやります」
 途端、魔王の顔色が変わる。
「無礼な。そのような粗末な紙切れを余と見なすか」
 明らかに難色を示したが、無視して点火した。視界の端で魔王が目を見張ったのがわかる。炎に炙られた火薬の音ともに、どこか必死さを孕んだ声色の脅しともとれるアドバイスが耳元になだれ込んできた。
 もっと用心深く握れ、丁重に扱え、みだりに動かすこと許さぬ。
「良いか、決して落とすでないぞ」
「無茶言いますなあ」
 魔王のプレッシャーを受けながら膨れ上がった花火はこれまでのものより大きい。大きければ大きいほど存在感を増し火花も美しいが、その分散りやすくもある。わざと落とすつもりもないので、私は震えないよう手に力を込めて花火を支えた。
 線香花火は四つの変化があるのだと昔祖母から聞いたことがある。最初が牡丹、派手な盛りを見せるのが松葉、衰えた火花がしな垂れる柳、最後はちり菊。
 魔王に見立てた花火は燃え盛り、松葉の段階を迎えていた。松葉の激しさは長く続かない。やがて火の玉が萎びて火花も若さを失うだろう。
 ……が、いつまで経ってもその変化は訪れない。
 未だ花火はバチバチと音を立てて輝いている。
 ぶら下がる火の玉は丸々と肥えたまま。放たれる火花の威力も変わりない。
 ずいぶんと長持ちする花火だ。
 いや長持ちの一言が片付けるにはあまりにも。
 くすぶる違和感を後押しするように、髪が巻き上げられるほどの突風が吹きつけた。花火は、びくともしなかった。
「……魔王さん」
「魔力使ってますね?」
「知らぬ」
「こういうズルって大人げないと」
「聞こえぬ」
 
 魔王の名を冠した線香花火は最終的に38分という驚異的な記録を打ち立てた。38分というのは花火が力尽きた数字ではなく、単に私の手が限界を迎えた数字である。花火はまだ元気に燃えている。
 魔王は「不可解なこともあるものよ」と最後までしらを切っていた。

 他の花火はともかく、線香花火だけは二度とこの人とはやらない。



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